“阿蘇び心”誕生秘話

 

 

ゲストハウス“阿蘇び心”に興味を持って頂きありがとうございます!
代表のヨシザワです。私はスタッフやゲストさんに“じゃけんさん”と呼ばれております。
みなさまもお会いした時はたとえ初対面でも“じゃけんさん”と呼んで下さいね!

 

私は邪念が多くて・・・
僕はよくじゃけんに扱われて・・・
そんな理由ではなくて・・・笑

 

え?なんでじゃけんさんかって・・・?

私は生まれも育ちも広島県福山市という
そんなに都会でもそんなに田舎でもない普通の街。

広島といえば!!今年は赤一色?
そうなんです25年ぶりの優勝!
41年ぶりのパレード(私はそのパレードの前年に産声をあげました)
街中が沸いたプロ野球チーム“カープ”。
私はといえば?・・・・・・
例にもれる事なく3度の食事の次に大好物?
大・大・大のカープファンでして今年も球場へよく駆けつけました!
開幕戦(負けた)
セリーグ優勝を観ようとチケットもないのに熊本から駆け付けて胴上げを観るつもりが結果・・・・・・。
そして最終戦はまさかの雨天中止。
更には貴重な日本シリーズで唯一GETした第6戦チケットを握りしめ意気揚々と広島へ。
そこでまさかの相手チームの胴上げを見る事に・・・・・・。
そんな微妙な私です。
あ、カープ談義は是非お酒を飲みながらゆっくりと!

 

私がココでみなさまにお話しさせて頂く事はなぜ広島から熊本へ移住をしたのか
どうしてゲストハウス“阿蘇び心”を営んでいるかです。


広島時代は普通のおとなしい一人の少年でした(ガラスの20代)。
普通という言葉が適切かどうかはわかりませんが
とにかく何一つ人に自慢できるような特技があるわけでも特別頭がいいわけでもなく
高校を卒業して地元に就職して、地元で生きていこうと思っていた一人の少年だったわけです。

そんな私にある時、転機がおとずれたのです。
その頃は念願の旅行関係の会社に入社して
上司や同僚や先輩にも恵まれ順風満帆の日々を送っていました。
ある年の暮れにその悲劇は起こりました。
年末年始は旅行の添乗員として激務が続いていました。
(まぁ、こんなことは普通に社会人として働いていれば一度や二度は経験する当たり前のことなのですが・・・)
ふと、「あ〜疲れたなぁ~」とトイレで用を足して、絶句することになります。
なんと、便器が真っ赤・・・・・・
赤!カープカラー!
心も体もカープ万歳!!!

 

とは、さすがになれず・・・
そのまま入院。医師からは
「今後は一生激しいスポーツや疲れる事は一切禁止です!夜は0時までに寝る事!」
永久に・・・

 

その日からすべての景色が灰色に見えました。
普通の生活さえしていれば問題ないけど、その時の私にとっては大きな大きな問題だったのです。
身体を気にして、もう2度とあの真っ赤の便器を見たくない、
羽目をはずす事も、少しくらい無理して仕事に没頭!なんて事もなく・・・
一生過ごすのか・・・・・・
自分の周囲が幸せそうに見え、
なんで、自分だけ。ただただ好きな仕事を頑張っていただけなのに。

 

行動も考え方もネガティブになり、仕事もプライベートもうまくいくものもいかなくなる日々。
全てが嫌になり、私が見る世界は灰色のまま月日だけが流れていくように感じていました。
大好きなカープカラー、真っ赤の便器から始まった私の灰色時代・・・・・・

 

そんなある日、何かが弾けたのです。
踏み出すタイミングを迎えたとでもいうのか・・・・・・
「よし!もうウジウジ悩むのやめよう!こうなったら!人生一度きり!
自分のやりたい事して後悔だけはしたくない!」

そう、決意はしたものの自分は何がしたいのか?
何も特別なものを持っていない私にとって、捨てるものは何もなかった。

 

”灰色の自分を捨てる”
会社を辞める、安定を捨てる。
安定した生活を求めるあまり縮こまっている自分の姿を想像したときハッとしたのです。
まず今の環境を変えよう!
それは特に保証があるわけでも、自営業を営む勇気も能力も気力さえもこの時にはまったくありませんでした。

 

“真っ白な自分で日本一バイクの旅へ”
会社を辞める理由は……。会社には「人生一度きり、今しか出来ない事をやります」
特に優秀でもない成績の私は会社に引き留められる事もなく、ゼロになりました。
さあ、もう何も失うモノはない。
肩書きもノルマも明日の出勤時間さえ気にすることはない。
お金も保証もないが・・・
さぁ、真っ白になった自分とバイクでこの日本という国を心の向くままに見よう!
この時の私には背負うモノは何もなく気分だけは灰色時代よりも
ゼロで何もない真っ白な自分がこの見ていた世界が驚くほど明るく見えていたのは今でも鮮明に覚えています。

“旅は良い!理屈抜きでいい”
バイクにキャンプ道具を詰め込んで2001年5月に広島を出発、北へ北へ向かう。
その当時、まだ日本には“ゲストハウス“は馴染みなくその存在を私自身も知らなかった。
本州では雨でも強風でも河原や神社の境内裏にテントを張りキャンプを余儀なくされる日々。
さすがに雨が続くと気分も落ち込み「あ~普通なら家でぬくぬく布団なのに」と思いながらも
予算1日3000円の現実。この旅予算はガソリン代、食事代、観光代全て含むのです。
ではどうやって宿へ泊まるのか?
それは1日500円ずつ貯金(予算の内)そして1週間に1度だけユースホステルへ泊まる日は
「やった!今日は布団で寝れる!雨気にしなくていいもんね!」
と屋根のあるありがたさ、水道の蛇口をひねると水が出てくる日常のありがたさ・・・
当たり前の日常がどれだけ幸せな生活だったのかを実感する日々。
そして念願の北海道へ。ここで人生が変わる入口を見つける。

“縦社会から横の繋がりへ”
その当時、北海道にはバイクや自転車旅行者のための安宿(現在のライダーハウス、ゲストハウスの原型)
が数多く点在していた。そういう宿で出会う人は皆不思議と笑顔!
初対面なのにすぐに打ち解け「よし!今日はみんなで割り勘で夕食作って食べよう!」
「明日は一緒に○○いこう!」あたかも旧知の親友の様な関係がたった1晩で出来上がる。
そして気づく「これだ!そう自分が求めているのはこの環境なんだ!」
それまでの自分の人生では学生時代から社会人になっても上司や先輩
常に上下関係にビクビクしながら会話をしていた。
それが旅で出会う人はいつも平等に会話を楽しんでいる。
それは会社では社長でも平社員でもアルバイトでも学生も年配者も関係なく
“横のつながり“で会話をしている。
同じ日本で同じ時代の中を生きていて、こんなにも違う世界があるんだ。
北海道の大地が私に初めての衝撃を教えてくれた。

 

”阿蘇“との出会い”
旅も後半、季節も秋から冬になりかけ沖縄へと向かう途中に阿蘇へ立ち寄った。
実は阿蘇には中学生の修学旅行、旅行会社時代に添乗員として数えきれない程に訪れていた。
その時には阿蘇は何も興味ない場所でしかなかった。
この旅でも阿蘇は素通りのつもりだった。
偶然、旅仲間と再会しなければ・・・・・・

 

素通りのつもりが阿蘇で10日間、再会した旅仲間と一緒にキャンプをする事になったのです。
私は「阿蘇は何度も来たし、もう観るとこない!」そんな感じで一切の興味がなかったのです。
旅仲間は阿蘇が大好きで(まるで今の自分のように阿蘇が大好き)

「明日の朝、気温1度だけど、気合いれて“雲海”見に行こう!」
サラリーマン時代の私なら「いえいえ!明日も仕事あるし朝はゆっくり・・・・・・」
間違いなくそう言って断るパターン。
それが旅は不思議で心にゆとりができるらしく、好きでもない早起きして行く事に・・・・・・
早朝、テントの外を見ると薄っすら雪が・・・・・・
気温1度の中をバイク走らせて展望台へ。
阿蘇の大地が2度目の衝撃を私に与えた。
「何この絶景!これまで観てきた阿蘇は何だったんだ!」

 


 

同じ場所、同じ景色のはずなのに。
どうしてこんなに感動しているんだろう・・・・・・
どうして灰色時代の私は感動しなかったんだろう・・・・・・

阿蘇の大地は
何も変わらず、
佇んでいる、
ただただ雄大に、

 

変わったのは自分だ。
灰色時代の私は視覚として阿蘇を捉えていたに過ぎなかった。
白紙の私はちゃんと観ている。自分の心で捉えている。

私はこの時、決意したのです。
これからの自分の人生は自信を持って自分の色の中で生きよう!

それならこの旅で教えてくれた2つの衝撃を!
大好きになった阿蘇の大地から伝えていこう!


“縦社会ではなく横の繋がり”
“自分が見ようとすれば、観えるものが変わる”それを伝えたい!
それを表現できる場所を作ろう!
こうして生まれた場所がゲストハウス “阿蘇び心”なのです。

私は阿蘇へ移住をさせて頂いた日から、こうして自分らしく毎日ポジティブに
活き活きと自信をもって生きる事が出来ています。
それと同時に地元の多くの支え、共感してくれるスタッフ達、そして日々世界&日本各地から訪れる
ゲストさんに出会い!会話を楽しみ!同じ時間を過ごせています。
ここまで読んで頂きお気づきかと思いますが、元々はネガティブで何の変哲もない普通の人なのです。
それが考え方ひとつでポジティブに自信を持って生きる事が出来ている。
それをこの宿を通じて観えるものが少しでも増え
あなたがほんの少しでも今よりプラスになる事ができる場所がここであって
そんな素晴らしい瞬間を一緒に過ごせたら幸いです。

普段、あなたが道ですれ違っている人もここで出会えばそれは仲間へ変わります。
そんな仲間に会える事、そしてあなたと出会える事、心よりお待ちしています。


ゲストハウス”阿蘇び心”オーナーじゃけん